【3章ー1】入学、サークル、そしてバイト

【3章ー1】入学、サークル、そしてバイト
【これまでの連載のまとめ】

二〇一〇年四月。僕は東京大学理科二類の学生となった。

入学式前に、新入生は一泊二日のオリエンテーション合宿に参加することになっていた。その前に先輩方主催のお食事会で同じクラスの人達とは顔を合わせていたが、クラスメイトと本格的に何かを一緒にやるのはこの行事が最初となる。

学生の合宿の自由時間といえば、トランプと相場は決まっている。ゲームはこれまたお決まりの「大富豪」だ。僕はカードゲームが得意ではなく、遊戯王で他の人よりいいカードを持っていても弱かった。理由は簡単、直感でカードを出してしまうからだ。そんなわけで、大富豪でも何となく「これかな」というカードを出していく。ところが、他のメンバーはというと、

「さっき誰々がこのカードを出したということはあのカードは持っていない。ということは他の誰々が持っている可能性があって、ということは今この数字を出すと……」

そんなことをブツブツ言いながら慎重にカードを選ぶのだ。みんなの戦略、分析力に、正直ひいた。トランプだけじゃない。出てくる話題は大体が時事ネタだった。経済だの政治だの教養があるっぽい話ばっかりしてきて、やっぱり東大に集まる人達は違うな、すごいなと感心した。のちに、中高と勉強を最優先にしてきたため、コミュニケーションが苦手で何を話したらいいのか分からず、そんな話しかできなかっただけだと気づくのだが。

翌朝。トイレに行くと、床で便器を囲むようにUの字になって寝ている人がいた。ラモスみたいなロン毛のパーマ頭で、哲学に傾倒していて、お金がなくてポッキーしか食べてないと言っていた谷君だ。その個性的な容姿と独特の雰囲気が少し苦手で「かかわらんとこう」と決めた。谷君は谷君で、襟足長めの髪型に派手な服を着た岐阜のヤンキーみたいな人怖い。と僕を避けていたらしい。この二人が、のちにものすごく仲良くなるのだから、人生面白い。

春の雨が降り肌寒い中、東京大学入学式が武道館で行われた。両親、さらに滋賀から祖父が上京し、一緒に武道館に足を踏み入れる。「東大の入学式に参列できるなんて、一生に一度あるかないかだ」と興奮気味な家族の横で、僕はさらに興奮していた。

「ここがロックの聖地、武道館だ。僕もいずれここでライブをやるんだ。そして、両親、祖父母、親戚、みんなを呼ぶ。今ここにいるみんなは研究者とか官僚とかを目指しているんだろうけど、僕はミュージシャンとして、ここで満員の観客に囲まれてライブをやる。向いている方向が僕だけ違う。ROCKだ!」

入学式後、九段下の駅に向かう坂道の途中振り返ると、武道館の屋根にある「たまねぎ」が見えた。東京での生活が始まったのだという実感が一気に押し寄せてきて、こみ上げてくるものがあった。それを隠すように、まだ着慣れないスーツの首もとのネクタイをゆるめた。

四月の大学の風物詩といえば、各サークルによる新入生の勧誘だ。東京大学もご多分に漏れず、様々なサークルが新入生獲得のためにチラシを配り、新歓コンパを開催していた。四月六日が誕生日だった僕はすでに二十歳になっており、無料もしくは格安で食べ放題飲み放題できる新歓コンパはとても魅力的で、誘われた新歓すべてに参加していた。

毎日続く新歓に顔を出していたのは、ごはんだけが理由ではない。東大入試までのほとんどを家に引きこもって勉強していたから、半年くらい母親としか話していなかったのだ。内心、声も出ないし面白いことも言えなくなっているんじゃないかと不安だったのだ。そのリハビリを兼ねてというか反動もあって、四十日以上毎日新歓に参加し飲み続けた。

結局、僕は五つのサークルに参加することとなった。バンド、DTM(作曲)、ESS(英語)、ダンス、そして野球サークルだ。

ゴールデンウィーク。バンドサークルでいきなりライブをやることになった。それまで遊びでしか叩いたことのなかったドラムに初挑戦。曲作りのために、楽器は一通り演奏できるようになりたかったのだ。ライブ前、二日酔いで吐き気をもよおしてトイレにかけこむと、つばに血が混ざっていた。

その日を境に、新歓で毎日飲みまくるのはやめた。

一週間後には東大の文化祭である五月祭が開催された。そこではダンスサークルでHIPHOPを踊った。これまた、歌も踊りもできるようになるためだ。バンドサークルもダンスサークルも、遊びというよりガチにやっている人達が集まっていたから、練習はハードだった。当日、ダンスを披露する場所から見えるステージにシークレットゲストとして矢沢永吉が現れた。矢沢永吉のパフォーマンスは圧倒的で、東京すげえ!と感動した。

六月、今度はESSサークルのイベントがあった。そのサークルは英語でのディベート、スピーチなどいろいろなセクションがあったが、僕が参加していたのはドラマ、つまり演劇セクションだ。受験勉強の中で苦手だった英語を克服し自信をつけていたが、そこに集まる人達は帰国子女だったりトリリンガルだったりと、英語力のレベルが違った。僕に与えられた台詞は六つ。どれも簡単なもので、
「ブラジャーーーーー」
と叫ぶだけだったりした。英語は違うかなと思って、その日をもって辞めた。

イベントは続く。六月末にはバンドサークルのライブだ。曲はB’zの『オールアウトアタック(All Out Attack)』。B’zというとあっきーだ。元気にしているだろうか。そういえばこの二ヶ月ほど地元と連絡を取っていなかった。高校時代、熱中したバンドが懐かしい。……まてよ。バンドサークルの演奏レベルは確かに高い。けどコピーばっかりやっている。それってROCKか?自分の目指す方向とは違うと判断し、このライブをもって、バンドサークルも辞めた。
DTMサークルはオタク気質な人が多く、曲を作ってネットにアップするだけ、人前に出るライブはやったことがなかった。それも違うかなとフェードアウト。ダンスサークルは合宿にも参加、七月にある大きめのイベントに向けてみんな真剣に練習していた。ステージに立つことだし金髪にしようとブリーチ剤を買ってきたのだが、いまだ伸ばしっぱなしの髪は思った以上に長く、どう考えても足りなかったので、半分だけ金髪にした。X JAPANのYOSHIKIもスプレーが足りなくて半分だけ立てていたことがある。その流れを組んでるな、俺。と満足した。

イベントは大成功だった。が、みんなのダンスに対する熱量と二足のわらじを履いている僕とは温度差があったし、何よりダンスサークルのダンスは激しすぎて、これでは歌いながら踊るなんでできない。そう思って、ダンスサークルも辞めることにした。

張り切って参加したサークル五つは、あっという間に野球サークルだけになった。野球は趣味の延長だったし、練習場所が家から近かったこともあって時間があるときにふわっと行けばいい感じだったから、辞めずに続くこととなった。

七月になると学校生活にも慣れてきて、みんなバイトを始める。僕もそろそろバイトをしようと、東大生が多い塾や家庭教師の仕事を選び、面接に行くことにした。ところが、面接でものすごく邪険に扱われることとなる。東京大学の学生というだけでは、決してウェルカムではなかったのだ。まあ、それもそのはず。そのときの僕の外見は半分金髪のロン毛、カブトガニのように一部だけ長い襟足にピアス。そんな奴が講師だなんて、親御さんから苦情がくるに決まってる。

暑いし、さすがにきもいなと自覚し、その足で美容室へいって一気に切ってもらった。白髪染め用の黒染めで、黒すぎる黒髪にした。

ドラマの影響もあって、やっぱりお洒落な街でバイトをしたいと、六本木の鉄板焼き屋さんでバイトをすることにした。その店は客単価三万円くらいの高級店で、僕はドリンク・デザート担当、アルバイトは僕の他に一人いたが、常に社員とバイト一人でシフトを組まれるため、一緒に入ることはなく、いわゆるバイト仲間はできなかった。

母親は管理栄養士だったが、僕はとにかく好き嫌いが多かった。ところが、この店でまかないを戴くと、何を食べても美味しいのだ。素材がよければ、美味しい。いい食材を買って下手くそに調理した方が幸福度は高いのだなと思って、なるべく自炊するようになった。まかないを作るときに料理を教えてもらい覚えて、家でだしから作る。美味しいお酒の味を知ったのもこの店のおかげだ。残念ながらその後の震災を機に辞めることとなってしまったのだが、今でも感謝している。

そんな感じで、あっという間に上京してから五ヶ月が過ぎていった。

続く(この連載は毎週月・木曜に更新します。)

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本連載は「なんでサムライなの?バンドやってたって本当?は!?歴史?っていうか東大?株式会社??わけわかんない・・・・」という疑問にお答えするべく、紫式部さんにインタビュー・執筆して頂きました。

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RYO!

プロフィール
株式会社DO THE SAMURAI 総大将(代表取締役) / プロのサムライ
東京大学文学部。
在学中より「サムライを切り口に、日本の文化や歴史に’楽しく’触れるきっかけをつくる」という志のもと、毎週、世田谷松陰神社の歴史資料館で塾を開講、史跡ツアー・歴史イベントを主催。
そして、2016年4月に法人化。仲間とともに新たなスタートを切る。
株式会社DO THE SAMURAIでは、
「’日本から世界へ”国内の地域から地域へ、
日本人一人ひとりが文化や歴史を発信できる’外交官’に」というビジョンのもと、
地域の歴史ブランディングなど新たな事業に取り組んでいる。
講演依頼、問い合わせなどはryo@dothesamurai.comまで。
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株式会社DO THE SAMURAI:http://dothesamurai.com
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