【4章ー2】高杉晋作は休まない

【4章ー2】高杉晋作は休まない

【これまでの連載のまとめ】
【4章ー1】サムライRYO、初陣!

 四月。アーティスト名を『RYO!』に変更した。「!」はサムライの魂の象徴である「日本刀」だ。(つんく♂さんの影響でもあるが)本格的に活動を開始し、まずはお世話になっていた渋谷La.mamaというライブハウスで本格的なデビューライブをやった。二月に披露した三曲に、『かたじけなっしんぐ』『あるのはいまだけ』という二曲を追加。

「日本の文化や歴史に触れるきっかけをつくる」

 これが、RYO!の志だ。

 特に歴史に興味がない人にこそ、届けたい。そう思って『ファッション武士』と名乗りだした。ガチ武士じゃなくて、ファッションとしての武士。つまり、なんとなく日本の文化に触れている人、好きな人も武士なんだ。剣道部、柔道部、茶道部、みんなファッション武士。大河ドラマを観ている、るろうと剣心好き、みんなファッション武士だ!
 
 コンセプトがはっきりしたことで、パフォーマンスにも一本芯が通った。ROCKというジャンルでも表現方法にはいろんな形があるように、必ずしも伝統文化や歴史関係のイベントでなくても、興味を持ってもらえる機会は作れる。ましてやファッション武士だ。いつ、どこでも、僕がいる場所が、文化や歴史を面白いと思える最前線となるのだ。

 この年、僕は東大のベストバンドを選出するコンテストに参加していた。固定メンバーでバンドを組んでいたわけではなかったが、二年に一度、メジャーデビューするバンドを輩出していたこのコンテストにどうしても参加したくてメンバーを集めた。三月から始まったオーディションを勝ち抜き、見事ベストバンドに選ばれた僕らは、五月の学祭でステージに立つことが決まったのだ。

 オーディションで演奏したのはコンテスト受けしそうなメジャーなバンド曲だった。が、学祭当日はハロプロの曲をROCKアレンジしたものに変更。結果から言うと、非常に評判がよかった。学祭のステージということもあって、ハロオタの人、友達、通りすがりの人、いろんな人が集まって、めちゃくちゃ盛り上がった。

 曲の合間。僕はMCで歴史の話をした。僕を観に来たわけじゃない人たちが、僕の話す歴史や文化の話を面白いと言ってくれた。六月にもライブ。これまでの5曲に加えて、『諸行無常〜for you〜』『江戸江戸なる毎日』の二曲もパフォーマンス。積極的に行動し続けることで、理解してくれる人、応援してくれる人、そして純粋に楽しんでくれる人たちがまわりに増えていった。

 順調な滑り出し……のはずだった。

 しかし、RYO!になってからというもの、曲作り、レコーディング、アレンジに加えてダンス練習などで毎日とにかく忙しかった。睡眠時間を削って作業する。そのせいか、四月からの二ヶ月間、ずっと微熱状態が続いていた。起床時は平熱三十五.五度、それが昼頃には三十七.五度まで上がる。歌おうにも声がでない。頭も働かない。そんな状態だった。

 今思うと完全にオーバーワークなのだが、当時は必死にタスクをこなしていくのが精一杯で、身体を休めるという発想はなかった。それどころか、昔からお決まりの「なりきり」でそれを乗り越えようと、全ては気合いで何とかなると思っていた。病魔に冒されながらも幕末で大活躍した長州藩の武士、高杉晋作。彼のように、どんなに体調が悪くても、平気な顔で志を貫けばいい。

「高杉晋作は熱が出たぐらいじゃ休まない!」

と自分に言い聞かせて、無理をし続けた。

 結果、六月のライブは散々だった。そりゃそうだ。声が出ないんだから。お客さまは楽しんでくれていたけど、僕の中ではとても満足できるレベルではなかった。それに、この体調不良の原因が曲作りからくるストレスなら、僕は作曲家には向いてない。じゃあ歌うことに特化したシンガーになれるかというと、そんなに歌が上手いわけでもない。

 ファッション武士になり、みんなが褒めてくれて、ファンになってくれる人も増えて、

「これはワンちゃんMステかな」

なんて思ってたけど、甘かった。このまま体調不良が改善されなければ、これ以上無理をして曲を作ることはできないし、声がでなければ歌えない。それは即ち、音楽活動を続けるのは難しいということだ。

 高杉モードで頑張りすぎたことが裏目に出て、僕は再度、活動休止することとなった。

 歌うことはやめた。それでも、日本の文化や歴史に触れるきっかけをつくるという志は捨ててはいなかった。別のやり方を探せばいいだけの話、なんて軽く言ってみても、何をしたらいいのか、そう簡単に思いつくわけもなかった。

 まずはゆっくり身体を休めること。何に置いても身体は資本なのだから。睡眠をしっかり取って、あとは読書をしたり、散歩をしたり。一年ほど前、大学を休学した後も、同じように活動を休止した時期があった。あのときと同じように、僕は何をしたらいいのか、自問自答しながら過ごす日々が続いた。

 七月。同じ多治見出身の株式会社LITALICOの社長、長谷川さんに相談に乗っていただいた。

「日本の文化や歴史、か。ぼやっとして分かりづらいよ。難しそうだし、何頼んでいいか分からない。言葉変えた方がいいかもね」

 それもそうだな。じゃあ、何て言おう。

「文化や歴史だとさ、たくさんあるよね。何が好きなの?」

 僕の原点は、前田利家。好きな時代は戦国時代と幕末、武士の時代だ。

「サムライって言った方が分かりやすいよね。いろいろ繋がるんじゃない?その方が伝わりやすいよ」

 確かに。今までは何となくコスプレ的に着物を着ていたけど、サムライになりきることで、内面も高まるし、いろんなことに説得力が生まれるかも。歴史という言葉が苦手な人にも受け入れやすいように、ファッション武士と名乗ってきたけど、だからといって、自分も表面だけでいい、なんてことはない。心身ともにサムライになるのだ。サムライの心とかいて「志」だ。志は決まっている。

 あとは何をするか、だ。僕にできる切り口……。

続く(この連載は毎週月・木曜に更新します。)
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【4章ー1】サムライRYO、初陣!

《出版社募集!》
本連載は「なんでサムライなの?バンドやってたって本当?は!?歴史?っていうか東大?株式会社??わけわかんない・・・・」という疑問にお答えするべく、紫式部さんにインタビュー・執筆して頂きました。

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矢文(メール)はryo@dothesamurai.comまでご連絡下さいませ。
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RYO!

プロフィール
株式会社DO THE SAMURAI 総大将(代表取締役) / プロのサムライ
東京大学文学部。
在学中より「サムライを切り口に、日本の文化や歴史に’楽しく’触れるきっかけをつくる」という志のもと、毎週、世田谷松陰神社の歴史資料館で塾を開講、史跡ツアー・歴史イベントを主催。
そして、2016年4月に法人化。仲間とともに新たなスタートを切る。
株式会社DO THE SAMURAIでは、
「’日本から世界へ”国内の地域から地域へ、
日本人一人ひとりが文化や歴史を発信できる’外交官’に」というビジョンのもと、
地域の歴史ブランディングなど新たな事業に取り組んでいる。
講演依頼、問い合わせなどはryo@dothesamurai.comまで。
Twitter:https://twitter.com/RYO_ReaL
Facebook:https://www.facebook.com/ryo.real.7
株式会社DO THE SAMURAI:http://dothesamurai.com
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